沿革

会社の歩み 岩崎清七の歩み
~江戸~

1842年(天保13年)

岩崎清七商店の祖・清七の祖父清兵衛が
「銭屋」の屋号で栃木県藤岡(現 栃木市)で醤油造りを始める

清七氏写真岩崎清七(1864~1946年)
1864年(元治元年)
栃木県下都賀郡(現栃木市)藤岡町に生まれる
~明治~
明治維新後に東京進出
米穀商や醤油醸造業を手広く開始する
1872年(8歳)
廣才館(後の甲校)開設に伴い入学
1878年(14歳)
博才館卒業後、家事見習いの傍ら漢学者・森鷗村の家塾に入門
1881年(17歳)
片山管太郎(後の潜)を慕い、蒸気船「海運丸」に
乗船し東京へ
岡鹿門の私塾で漢学を学ぶ
1882年(18歳)
片山と共に海軍予備学校長・近藤真琴の私塾(後の攻玉社)へ転ずる
1883年 (19歳)
家督を相続し、三代目清七を襲名する
慶應義塾に入学
1884年(20歳)
福澤諭吉の紹介で留学生として渡米/横浜→サンフランシスコ。ニューヨークに向かい、Dr.ヨハンソン/前東大教師の世話になる
コーネル大学に入学(化学専攻)
アメリカ留学の同窓と(1984年 明治17年頃 清七20歳)
右から、清七、大三輪奈良太郎、河崎晋、川崎八右衛門、木村重太郎(二代目利右衛門)
1885年(21歳)
高橋新吉(ニューヨーク領事)らに相談しイエール大学法学部に入学
1889年
創業/「銭屋」の支店として、東京・深川にて家業(米麦類卸売業)を継ぐ
(25歳)
法学士と会計・経理修士号を取得し卒業、 帰国
澁澤栄一(第一国立銀行頭取)の勧誘を辞して家業を継ぎ、岩崎清七商店を創業

1904年(明治37年)当時の社屋 東京深川 佐賀町

1984年
日清戦争時、軍馬飼糧大麦三万石を落札
(30歳)
千代と結婚
1900年
パリ万博博覧会に日本代表として醤油を出品し、ブロンズ賞を授与

フジセーのブランド名で販売 フジセー

1904年(40歳)
日露戦争時、一万人の人夫を動員し、馬糧の大量調達に活躍する
1907年(43歳)
磐城セメント設立発起人(設立総会会長から第二代社長)
日清紡績、日本製粉(後に社長)、東京瓦斯(後に社長)の経営に参画
参画、創立再建した会社は八十余社にのぼる
東京商工会議所副会頭
1909年(45歳)
二度目の満州視察
~大正~
1916年(52歳)
落花生油製造会社の保証人として巨額の負債を負う。
これを茂木七郎衛門(野田醤油 現キッコーマン初代社長)に助けられる
1918年(54歳)
第一次世界大戦とともにインフレが生じる→寺内内閣「暴利取締令」を発す
清七は本令は暴政であり国民の思想を悪化させると考え、仲小路農商務大臣、東京商工会議所会頭・藤山雷太(元外相愛一郎の父)、澁澤栄一に会い、政府に本令の停止を説く
1919年
資本金100万円の株式会社組織に改組
1922年(58歳)
東京商工会議所の議員となる
1923年
米、大豆、麦、醸造原食品の販売を始める
~昭和~ 1927年(63歳)
日本実業家協会会長就任
1929年(65歳)
ニューヨークで元大統領タフト(第27代・イエール大学同窓生)と労働問題について面談
アームストロング(労働教育の大学の創立者)との面談
「労働第一主義の精神、幸福の基盤は労働にある。労働とは勤勉努力であり、誠心誠意である。 この労働が生活安定と国家の繁栄の源となる。」
ノーサンプトンUSAでクーリッジ前大統領(第30代)と会議
第12回国際労働者会議/ジュネーブに使用者代表として出席
イタリアでムッソリーニの独裁政治とその経済状態、労使間の実情の調査を行う

1929年 ジュネーブで行われた第12回国際労働者会議に出席し、演壇で発表する清七(65歳)

1933年(69歳)
生涯の友人である片山潜、モスクワで死去
1935年(71歳)
満潮視察団の団長となり、満州特産協会の総会に出席
『欧米遊蹤』を出版する
1936年(72歳)
東京商工商工会議所を代表して出征軍人慰問使として満州訪問
『満鮮雑録』を出版する
妻・千代他界する

乞われてとある新聞社に揮毫する清七
(昭和13年 1938年・74歳  於 磐城セメント 四倉工場)
1939年(75歳)
『財界楽屋漫談』をする出版。
1940年(76歳)
日華早期和平に心血を注ぎ、宇垣一成陸軍大将と蒋介石(中国の軍人・政治家)を結び、 和平実現のため巨費を投じ国難を救わんとする。
1941年~1947年
国の食糧統制令により、事業は実質的に休業状態となる。
1945年
戦災で深川の社屋焼失。
1946年
業務の一部(営業部)を丸の内ビルヂングに設置
死去(83歳)
1950年
本社事務所を丸の内ビルヂングへ移転
参考資料(著書)
「歐米遊蹤」岩崎清七著 アトリエ社  昭和08年刊
「満鮮雑録」岩崎清七著 秋豊園出版部 昭和11年
「財界楽屋漫談」岩崎清七著 富士書房 昭和14年
1952年
東京穀物商品取引所の会員となる
1969年
深川の土地・社屋を売却する。
1978年
岩崎醤油の営業権を正田醤油へ譲渡
1982年
セントラルソーヤ社/USAと技術提携。
配合飼料の製造販売を開始。
1985年
資本金300万円に増資
~平成~

1990年
株式会社東京馬糧を設立(資本金1,000万円)

1992年
資本金1,000万円に増資
1995年
JACKSON Horse Service社(USA)と業務提携/鑑定業
1999年
丸の内ビルヂング取り壊しに伴い、会社事務所を新丸の内ビルディングへ移転
2000年
Duralock社(UK)と業務提携/日本総代理店(Fences&Gates)
2002年
丸の内ビルディングオープンに伴い、会社事務所を丸の内ビルディングに移転
2003年
Cheetham Salt社(Australia)と業務提携(Salt)
2006年
フリアーシステムズジャパン社(FLIR社/Sweden)と業務提携(Thermography)
2016年
Classic Treadmills Australia社(Australia)と取引開始(Treadmill)
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